チャラ男くんと引きこもりくん3


「はい、どーぞ?」

ことっとテーブルに置かれた見慣れたお皿の中には見たことのないものがどどんと入っている。
自己紹介を終え、家どこ?と言われたので案内して我が家で食事をすることになった。
山田さんの家はご家族の方がいるから、ごめんね。と申し訳そうに言われては断れない。メニューはお任せでお願いした。

そして、出来上がったのが。キラッと輝いているふわふわの卵にデミグラスソース、漂う食欲を誘う香り。これはみんなの大好物オムライス…っ!!!
住み慣れた自宅なのに知らない家に来た感覚でちょっとそわそわしてしまっている。

「どうしたー?食べないの?」
「…っあ!いや、食べます!」

いただきます、と手を合わせ恐る恐る卵にスプーンを入れる。
卵がとろっと動き、中から赤いご飯が見えた。そっとすくい上げ、口へ。
これは!!!すごい!!!見た目よりもふわふわの卵と少し柔らかめのご飯。
赤いのはどうやらケチャップらしく、人参やら小さい野菜が入っていた。

「お、美味しい!!!すごいよ!!!」

あまりの衝撃にバッと顔をあげ、山田さんを見つめた。 目を見開いて驚いた顔をした山田さんは、んははっと声をあげて笑っていて。
くしゃっとなった顔がキラキラして見えて、恥ずかしくなって顔を逸らした。

「そんなに喜んでくれるなんて…んははっ!普通のオムライスだよ」
「美味しくてつい。初めて食べたので。」

本当に美味しい。ドキドキした気持ちを落ち着けるためにもぐもぐと食べ進めていく。
食べたことなかったけど、これは大好物にランクイン確定だな。デミグラスソースが絡むと卵もご飯もより一層味が深まって、野菜の食感も楽しい。
こんなものを作れるなんて山田さんはすごいな。

「え!?初めて!?」
「え?あ、はい。初めて食べました。」

えええ!!とあからさまに驚いた様子の山田さん。え、そんなに変なことなのかな。

「言ってよー、そしたらもっと気合入れて作ったのに…。」

なんて、ガクッと肩を落とし、こんなんでごめんね?と上目遣いで謝られて、びっくりした。

「いや!あの!!めちゃくちゃ美味しいですよ!?本当に美味しいです!僕好きです!」
「本当?それならよかった。」
「はい。僕の大好物になりました。」

あわあわと言葉を探しながら拙いながらも伝えると、いつもの笑顔で安心したように笑ってもらえた。よかった、伝わった。
山田さんの笑顔はなんだか僕までちょっと嬉しくなってつられて笑った。

「それはすごい嬉しいな。いつでも作るから言ってよ。他に食べたことないものある?作れそうだったら作る。」
「え、いいんですか…?でも山田さん忙しいんじゃ。」


またこんなご飯が食べられるなんてかなり魅力的だけど迷惑をかけるのは避けたい。山田さんは学校後はバイトだし、きっと忙しいのだと思うから。

「んー、テスト期間とかじゃないなら大丈夫だよ。それにそんなに美味しそうに食べてくれるならまた作りたいからさ!」

ね?と悪戯っ子のような顔をした山田さんが神様に見える…。嬉しくて言葉につまり、こくこくと頷くだけでいっぱいいっぱい。
わーいと嬉しそうに笑って僕の頭をわしゃわしゃしてくる。こういう触れ合いは恐れていたはずなのに、山田さんの手の温度が気持ちよくて素直に嬉しかった。

片付けは僕が!と手伝うという山田さんを押し切り、洗い物をしていく。

「そういえば、田村さんも渚高校なんだね?」
「あー、はい。1年です。」
「本当に?すごいね、なんか。んー、でも会ったことないね?」
「…っ。そ、れは。人数多いですし、ね。」

あー、そうだね。と納得した様子の山田さん。僕が渚高校の生徒なのは、部屋に掛かっている制服を見ればわかることだ。校内で会わないことくらい誤魔化せるだろう。

「やっぱり手伝うよ。」

いつの間に動いたのか僕のすぐ横に来ていた山田さんからすっと伸びてきた手にひどく驚いた。だから止められなかった。
しまった、と思った時には遅くて、パンっという高い音が部屋に響いて山田さんの驚いた顔が見えた。

「…っは、すみません。驚いて…。大丈夫なのでゆっくり座ってて下さい。」

顔を合わせられなくて謝りながらコップを洗うことに集中したふりをした。
「そっか、ごめんね。」といい、静かにテーブルに戻る山田さんに罪悪感しか感じない。
あの頃から人との触れ合いが怖い。どうしても拭えないあの時の絶望。傷はまだ癒えていない。

会話の途切れた部屋は空気が重くて居心地が良いものではない。
暖房の効いた暖かいはずの部屋がとても冷たく感じた。山田さんは何も知らないのに、関係ないのに、わかっていてもしてしまったことは戻せない。

「…本当は、行ってないんです、学校。だから会わないんです。」

洗ったものを拭きながら山田さんに背をつけてボソッと話した。こんなこと言われても山田さんは困るかもしれないし、深く聞かれても僕が困ってしまうけれど。
この空気を変えたくて選んだ話題はさらに空気を悪くしてしまうのでは、と言ってしまってから思った。

「あっ、そうなの?意外と悪い子なんだね?」

ニヤッと笑った山田さんはきっとさっきの僕の震えた肩に気付いていた。茶化して話を流してくれるのは山田さんの優しさだ。


ケロっとした山田さんの声のおかげで部屋に暖かさが戻ったような気がした。



2015/06/01 執筆者:二宮透

次回も宜しくお願いします。