双子の秘密

「見て見て、茂小」
「?」


何歳の時だったっけ?まだ小学生の時の記憶。

「蛙がいる」
「本当だ」

茂小が聚ちゃんと結婚するって、芽維が儚ちゃんのこと幸せにするって、云ってたの。



僕たちは二卵性双生児だ。本当はどっちかが女の子だったかもしれない。

僕たちには兄弟がいる。
クールに見えて実は馬鹿な兄ちゃんのむっくん。
見た目はしっかりしてそうなんだけど、実はカナリ天然な真保ちゃん。
聚ちゃんと儚ちゃんの兄ちゃんの綾ちゃんのことしか考えていない水樹ちゃん。

「芽維ちゃん」
「?」
「何処行くの?」

そうだった。
そういえば、二人して家出をしていたんだっけ。

「わかんない」
「…綾ちゃん家行く?」
「…」
「芽維ちゃん…」

不安げな声、俺だってそうだよ。綾ちゃん家に行けば怖くないけど、すぐに家に帰んなくちゃいけなくなっちゃう。

「茂小」
「?」
「綾ちゃん家行こっか」
「うんっ」




「あれ?芽維ちゃんと茂小ちゃん?」
インターホンを押して出てきたのは儚ちゃんだった。

「あっ、入って入って〜」
「「お邪魔します」」
「あははっ、今日も綺麗にハモってるね〜」
にこにこと頬笑みながら招き入れてくれた。


「ごめんね〜、今家にね儚しかいないんだぁ」
「儚ちゃん寂しかった?」
茂小と手を繋いだまま、儚ちゃんに問いかける。
「うん、でもね芽維ちゃんと茂小ちゃんが来てくれたから寂しくなくなったぁ」
少しだけ寂しげな顔を見せたけど、すぐにまた明るい顔を見せてくれた。

「遊ぶものなーんにもないけど…」
再び俯いてしまった。茂小と目を合わせて何かしなきゃと考えたけど、結局何も思いつかなかった。
だけど、儚ちゃんは何か思いついたように顔をぱぁっと明るくさせてこう云った。
「お菓子あるからもってきてあげる!」
そう云うとパタパタとキッチンへ駆けていった。





なんで?
どうして?
僕たちは双子として生まれてきたの?
もしかしたら


儚ちゃんみたいに一人で生まれてきたかもしれない


お母さんに聞いても
お父さんに聞いても
兄弟に聞いても


みんなこう云う。


「双子で生まれてくる“運命”だったんだよ」


本当に?わかんない。どうして?そんなの知らない。


「芽維ちゃん?茂小ちゃん?」
ハッと我に返って顔を上げるとお菓子を抱えた儚ちゃんがいた。目が合うとにこっと笑って、「お菓子っ、食べよう?」って。

「「うん」」
またハモる。これも双子だから?
「儚ね、芽維ちゃんと茂小ちゃんが羨ましいの」
ポテトチップスをパリッと音を立てて美味しそうに口へ頬張りながら云った。
「どうして?」
茂小が云った言葉だと思ったら、俺が云ってた。
ぎゅっと手を繋いだまま。

「あのね───…


「ただいまー」

儚ちゃんの言葉はよく聞えなかった。
「あっ、綾兄ちゃん帰ってきたみたい!」
すぐに立ち上がって玄関へ行ってしまった。
「今ねっ、芽維ちゃんと茂小ちゃんが来てるんだよっ!」
ぐいぐいと綾ちゃんの腕を引っ張りながら、儚ちゃんは云った。
綾ちゃんの頬はどこか赤くなっていた。でも、なんにもなかったかのようにしている。

「「お邪魔…してます」」
また、ハモった。
なんでか解らないけど、急に怖くなった。綾ちゃんが怖いんじゃなくて、胸がぎゅうって何かに締め付けられた感じになった。たぶん、茂小もそう思ったと思う。
「いらっしゃい。…あ、暗くなる前に帰ってこいって水樹が云ってたよ」
にこっと頬笑み、思い出したように天井を見てから僕たちに云った。

もう水樹ちゃんにはバレてたんだ。





それからして、晴ちゃんや聚ちゃんも帰ってきた。
僕たちと、儚ちゃんと聚ちゃんと…皆でトランプやゲームをして遊んだ。



「もう暗くなっちゃうから、そろそろバイバイしなきゃね」
儚ちゃんが茂小からババ抜きのババを引かないようにカードを選んでいる。
僕たちの後ろから晴ちゃんの声がした。

「えー…っ」
儚ちゃんはババを引いたらしい。今の「えー」の意味はどっちの意味だったのか。


「もっと遊んでたいー…」
唇を尖らせて儚ちゃんは云った。
「いつでも遊べるんだから、わがまま云わないの」
お母さんみたいに晴ちゃんは云う。


そっか。暗くなる前に帰らなきゃいけないんだっけ。綾ちゃんが云ってた。


『…あ、暗くなる前に帰ってこいって水樹が云ってたよ』



「僕たち、もう帰る」
「え?」
立ち上がって、茂小の手を引く。
晴ちゃんはキョトンとしていた。玄関に向かう途中で二階から綾ちゃんが降りてきた。

「二人とも今帰るの?送ろうか?」
「ううん、だいじょうぶ」
二人で帰れるよ。だって僕たちは双子だもん。


「お邪魔しました」
そう云って、綾ちゃん家を出る。
外は夕暮れ。オレンジ色の空。暗いとは少し違う。

不思議な空だった。
今でも覚えてる。



「ねぇ、茂小」
「?」

僕たちには、二人で決めたルールがある。
そのいち、
「お母さんに、今日綾ちゃん家行ったこと内緒にしよう?」
「うん?」
お母さんに今日の出来事を二人で云うこと。

そのに、
「お菓子いっぱい食べちゃったからさ」
「それは僕も思ったぁ」
おやつはいっぱい食べちゃダメ。
真保ちゃんのお菓子が食べられなくなっちゃうから。

そのさん、
「これは二人だけのひみつだからね、茂小?」
「わかってるよ、芽維」

日記を書くこと。
喧嘩してても、絶対に書くって二人で決めた。お小遣いを出し合って買ったノートに。





「二人だけのひみつだからね」
「うん、二人だけのひみつ」
手を繋いで、オレンジの空を見上げて、それから…それから…

「茂小は僕と双子で良かったって思ってる?」
「え?思ってるよ?」
「そっか」

小さく伸びた二つの影。
「めーちゃん…、芽維は僕と双子で良かったって思ってる?」
「思ってるよ?」
「よかった」
にこって、茂小は嬉しそうに笑った。
その笑顔にちょっとだけ、どきってした。



「「ただいま」」
ハモる声。返事は遅れてやってきた。

「おかえり」
一人の声じゃなくて…、

「どこ行ってたんだ?」
「二人だけでどっか行くなんて珍しいな」
「茂小、芽維…成長したわねぇ〜」
むっくんと、水樹ちゃんと、真保ちゃんの声。


「ないしょ」
「ないしょ」
「ないしょー」


重要なことだから三回云う。これはね、お母さんの癖なんだ。
あ、今のはね交互に云ったんだよ。最初に芽維が云って、次に茂小が云って最後は二人で。

とりあえず、手を洗うために洗面所へ行く。
背がまだ小さいから、二人で乗れる台に乗って手を洗う。


「お母さん、帰ってないのかな…」
「すぐ帰ってくるよ、茂小」



茂小は大事な双子の弟なんだ。芽維は大事な双子の兄なんだ。
二人でいるとすごく落ち着く。お化け屋敷だって、二人で入れば怖くないって思う。
夜だって、二人で同じ布団に入って寝る。手を繋いだまま。
「ねぇ、芽維?」
「なに、茂小?」

「今日、僕たちなんで綾ちゃん家に行ったんだっけ?」
「……なんでだっけ?」


こんなことも忘れちゃうくらい。


「ま、いっか」


同じ言葉をハモって呟く。

家出なんて言葉、小さい双子たちには必要ないんです。
家出して、何処に行くか迷って、知っている子の家に行って、楽しいことをして、忘れちゃって……そんなもんです。






「なぁ、茂小?」
「んー?」

それから大きくなった俺ら。

「今思い出したんだけどさ、」
「?…なにを?」


今は別々の布団で寝てる。それぞれ好きな人も、いる。

「小学生ん時さ、一回だけ二人で家出しなかったっけ?」
「したような…しなかったような…」
手を繋ぐこともしなくなったし、二人でつくったルールも、いつの間にか、しなくなっていた。

「あ」
「どうかした、芽維?」
思い出した。


「俺、今から儚ん家行くんだった」
「それだけ?」
「それだけ」
「そっか」

それだけじゃないけど。

たった4時間だけの家出。茂小は覚えてるかな。あの時の家出の言いだしっぺは俺だ。
なんで家出しようって思ったのかなんて覚えてないけど。

「いーなー、儚ちゃん家行くの」



理由はなんとなく解る気がする。

「聚ちゃんに逢いたいし…」


たぶん、



「茂小も一緒に行く?」
「行っていいの?」


たぶん…、もっと二人だけの秘密が欲しかったから。




「もちのろん」
「…芽維、それ古臭い」


執筆日:2009/03/17-2009/03/22 / 執筆者:二宮千草

ご閲覧ありがとうございました。
元々は5話完結のお話でした。ずらっとしてみました。長く感じるような、短く感じるような…。
※この作品はこちらに以前投稿させていただいた作品です。名前は違いますが、執筆者は同一人物です。